アルゴの中学受験日記

中学受験を通じて成績と連動する真の努力の形を伝えます

今思うこと

結果の充実と過程の充実

結果の充実と過程の充実

なぜ、彼らは勉強しないのか…
「なぜ、勉強しないの?」「どうして宿題ができない?」と聞くと、子どもたちは決まって「忙しい」、「しんどい」といったり、「忘れていた」などと答えます。
しかし、子どもたち一人ひとりが自宅学習や宿題ができないほど本当に多忙であったり、疲れていることは少なく、完全に忘れていることも稀です。

では「なぜ彼らはできないのか?」、「やろうとしないのか?」、そのことを考える時気付かされるのは、殆どの子供たちがおしなべて『目的も無く学習している』ということ。いや、逆説的にいえば『無目的だからこそ学習ができないでいる』ということです。
とすれば、私たちは彼らの『目的ある学習』を作り上げるために、どのように関わればよいのでしょう。

ヒトは行動学上二つの[充実]を志向します。第一の[充実]は『結果の充実』。つまり、ある目的を立て、その達成度によって味わう[充実]。私たちは、日々この[充実]を得るために活動していると言っても過言ではありません。仕事をすることも、ボランティア活動も、はたまた本能に基づき食事をすることにさえ、この精神作用が大きく働いています。

二つ目は『過程の充実』。これはヒトという種族固有の精神作用であり、万が一、ある目的に対する結果が不首尾に終わっても、その目的に向かうプロセスの充足感によって[充実]を味わうというものです。ある意味、結果が思わしくなかった時にストレスを感じないためのリスクヘッジと考えることもできます。

サバンナのライオンは、狩りに失敗した時、空腹による徒労感を感じることはあっても、その狩猟のプロセスを楽しむことはありません。しかし、ヒトは、たとえ成果が芳しくなくとも、釣りにしろ、スポーツにしろその過程に意味を見出すことができるものです。

私も子どもたちと将来の夢やなりたい職業の話をします。ある意味、そのことは彼らの『目的のある学習』を図り、第一の[充実]=『結果の充実』を目指す意志の確認となります。
しかし、実は、この『結果の充実』を目指す途上にある第二の[充実]=『過程の充実』にこそ、子どもたちが日々学習を続けていく大きな原動力となるものが存在しているのです。

「テストが悪かった」、「模試の成績がもう一つ」…等。子どもたちは、いつもたくさんの学習上のストレスを抱えています。ストレス自体は本人の問題意識の表れなので、過度にならなければそれほど気にすることはありません。問題は、不出来な結果のみに気を取られ、その過程の達成感を味わい忘れていることです。

早く大きな目標を決定することは、効果的な学習の大前提です。しかし、日々の学習において『過程の充実』を目指し、小さな努力を積み重ねて結果の如何を問わずその過程を評価し続けることは、達成感を数多く体感していくことに繋がります。本来、『目的ある学習』を目指す力はここで育ち、その成長が『結果の充実』へ至るのです。

《君原のマラソン》という言葉が私は好きです。メキシコ=オリンピック・マラソンの銀メダリスト君原健二選手は出走した全てのレースを完走しています。
競技を始めた頃、彼はそれほど有力選手ではなかったとのことです。しかし、不断の努力と苦しい時に「あの電信柱まで」、「あの郵便ポストまで」と目標を細かく刻み、その場所へ辿り着くと、さらに次の目標物を設定し辿っていきました。そして、その積み重ねが全ての完走レースとなり、ついにはオリンピック2大会連続入賞を果たすこととなったのです。

オリンピックのメダリストという偉大な『結果の充実』は、一つひとつのレースを大切にし、一歩ゞ確実に踏みしめる小さな『過程の充実』無くして生まれなかったでしょう。
学習も目標を決め、その目標に向かって走り続けるという意味ではマラソンと同じです。『結果の充実』のために、『過程の充実』の大切さを伝えたいと思います。

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